このような目的のためには、入学後の追跡調査を行なって 要求に合致した学生が入学しているかを把握していくことは勿論だが、 これら以外に出題した試験問題が受験者の合否にどれだけ影響したかの評価を行い、 次年度以降の入学試験に反映させる作業も不可欠である。
大学入試センター試験と個別学力試験は車の両輪の関係にあり、 2つの試験をセットとして捉えることによって 有効に機能するように実施するのが好ましい。
2種類の試験成績のうち、どちらの成績が受験者の合否により強く影響を 与えるか否かを評価する方法としては 合否入替り率という指標が提案・利用されている。 本章では特にこの指標に焦点を当て、 その解説と、いくつかの条件下での振る舞いについて図を用いながら説明する。
現在の国公立大学の入試においては、 大学入試センター試験と個別学力試験が課されており、 これらの総合成績によって合否判定が行われている。 この判定には、両試験の成績が相互に関係しており、 片方の優位により合格点を突破できているケースも 少なからず見受けられるはずである。 極端な例として、両試験のうち一方が課されなかったとしたら合否判定は どのように変化するかには興味のあるところである。
また、二段階選抜(いわゆる足切り)を実施することを考えた場合、足切り倍 率の設定には慎重にならざるを得ない。なぜなら、1次試験の劣勢を跳ね返す だけの能力を有した受験者を門前払いするのは、受験者にとっても、 大学にとってもマイナスになるからである。
そこで、このような2つの試験の成績が合否に与える影響を測る指標として 合否入替り率が提案された。 2つの試験(例えば、大学入試センター試験と個別学力試験)のうち、 一方だけが課されたとした場合に 合格者の入替る割合を全合格者に対する割合で示したものが、 合否入替り率である。大学入試センター試験があったおかげで 合格できた「大学入試センター試験(1次試験)による入替り率」と、 個別学力試験があったおかげで合格できた 「個別学力試験(2次試験)による入替り率」の2つがある。
横軸に大学入試センター試験の成績、縦軸に個別学力試験の成績をとって 散布図を描いたところ、図2.1 のような楕円内に各受験者が分布したとする。 大学入試センター試験と個別学力試験の重みが等しい場合、 -45度の直線上の受験者は総合計点が同じ(同点)である。
総合計点(総合成績)の大きい者から順に定員に達するまで合格させていくという ルールを図的に解釈すると、 この傾いた直線を右上から左下に向かって平行に移動させ、 直線より右上側の領域の人数が定員に達したところで、固定するということになる。 つまり、この直線の右上側に合格者群、左下側に不合格者群が付置されることになる。 また、固定された直線は、合否を分離していることから合格ラインと呼ばれる。
図2.1. 受験者の成績分布
一方、もし大学入試センター試験の成績だけで合否を判定することを考えた場合、 成績の大きいものから順に合格者を決定していくことは、図的には 垂直軸を定員に達するまで右から左に移動させることに相当する。 この際の合否分離点を x_0 で示すことにする。 同様に個別学力試験のみで判定した場合の分離点を y_0 とする。
このような関係をもとに、総合成績による合格者群を4つに分類して(図2.1)、 それぞれの群の特徴を示すと以下のようになる。
a : どちらの試験でも合格点に達していないのに、総合成績により合格した群。幸運群。
b : 1次試験の成績の優位さを武器に合格した群。逃切り群。
c : どちらの試験でも合格点に達しており、かつ、総合成績でも合格した群。先頭群。
d : 2次試験の成績の優位さを武器に合格した群。逆転群。
なお、合格ラインと x_0、y_0 の関係によっては「幸運者(図2.2)」や 「不運者(図2.3)」の存在が有り得る(後者の場合、a の領域は存在しない)。 ただし実際の場合には、 これらの人数は全体的な割合からすると少数例であるので、 後述する合否入替り率等の指標に大きく影響することはないであろう。
図2.2. 幸運者が出る場合
図2.3. 不運者が出る場合
また、これらの図ではその特徴を平面に射影して示したものであり、 密度(付置されている受験者の数)は表現されていないので、 領域の面積と分類された合格者数は比例関係にはないことに注意しておいてほしい。
さて、一般的にひと括りで「(総合成績による)合格者」と言われていても、 4種類ぐらいの特徴に分類できることが分った。 そこで、これらの特徴を数値的に示す指標として、合否入替り率が提案された。 つまり、 大学入試センター試験があったおかげで合格できた合格者(a+b)と、 個別学力試験があったおかげで合格できた合格者(a+d)は、 それぞれ(全)合格者の中にどの程度含まれているかを割合で示したものである。 つまり、
大学入試センター試験(1次試験)による入替り率 = {[a+b]領域の人数}/{[a+b+c+d]領域の人数}
個別学力試験(2次試験)による入替り率 = {[a+d]領域の人数}/{[a+b+c+d]領域の人数}
ということになる。
例えば、大学入試センター試験への配点が、個別学力試験に比べて 相当に大きく割り当てられている選抜単位の場合に、 個別学力試験による入替り率が5割を越えていると言うような状況が発生したら、 個別学力試験によって逆転できた合格者が多いということになる。 つまり、個別学力試験で課した科目を非常に得意としている入学者が多いと言え、 場合によっては、個別学力試験で課した以外の科目の学力が不十分な合格者が 少なからず入学している可能性があるとも推測できるであろう。 このように入学者の特性を判断する資料として合否入替り率は有効である。
なお、この指標は、2つの試験群から構成された試験であれば算出できるので、 大学入試センター試験と個別学力試験というセット以外にも適用可能である。 よって、ここまでは「大学入試センター試験/個別学力試験」と記してきたが、 以後は「1次試験/2次試験」と略記することにする。
特に、1次試験の分散が小さいという状況(図3.1)は、1次試験の自己採点による 進路指導が徹底されている現状ではよく見られる現象(輪切り現象)である。 このような場合、1次試験の成績だけでは点差にそれほど差が出ないために、 2次試験の点差がより強く合否に影響することになる。 つまり、逆転が発生しやすくなるために、 2次試験による入替り率が高くなる傾向を示す。
また、センター試験と個別学力試験の配点が各大学から公表されており、 両試験の配点の比は「配点比」と呼ばれている。 一般的に配点が大きい試験の方が分散が高くなる傾向にあるが、 配点比が 1以外の大学も多いので、このような場合には、 両試験間のばらつきにも差が出ることが予想される。
逆に、1次試験と2次試験で関係の低い特性を測定した場合には、 相関係数は0近傍(無相関)になったり、極端な場合には負になったりする。 このような場合には、 逆転が発生しやすくなるために、入替り率が高くなる傾向を示す。
図3.1. 分散の違いによる影響
図3.2. 相関係数による影響
合格者数に対する受験者数が少ない、言い換えると、受験倍率が低い場合、 受験者の多くを合格させることになり、図的には、図3.3 のような c の領域が大きくなる状況が発生する。 相対的に、b や d の部分が小さくなるので、入替り率は小さくなる。 逆に、合格者数が少ない後期試験のような場合には、 受験倍率も高くなり、入替り率も高くなる。
図3.3. 受験倍率による影響
図3.4. 両試験間の重みによる影響
例えば、1次試験より2次試験の成績に大きい重みを付して総合成績を 算出するようなことを考えた場合には、合格ラインがより寝た (0度側に振られた)直線になり、 d の方が b に含まれる合格者よりも多くなるので、 2次試験による入替り率が高くなる(図3.4)。
なお、「配点比」が試験間の重みの関係を示しているような印象を 与えるかもしれないが、配点比は前述のように分散に影響を与える可能性はあるが、 合格ラインの傾きには直接影響しないことに注意してほしい。
このように、受験科目群の中から一つずつ科目を取り出して評価することにより、 各受験者の得意科目を識別することが可能となるので、 個々の受験者の得意科目による分類を行うことができる。 よって、このことを合否判定の資料に利用したり、 また、入学後の追跡調査を行う際の入学者属性の一つに加えるなどして 応用することも可能であろう。
このように、合否入替り率はいろいろな側面を持っていることから、 その特徴を把握するという目的で、入研協共同研究プロジェクトとして 1993年から 調査が行われ、 清水らにより報告されている(清水[5]、清水 & 菊地[6]、清水 & 菊地[7]、清水 & 菊地[8])。 この中では、試験日程や募集単位の規模によってどのような傾向を示すかを調査し、 また、2次試験の入替り率をいくつかの要因によって予測する 重回帰式も算出されている。 特に、2次試験の実施前に値の算定できる要因をこの予測式に適用することによって、 2次試験実施前に2次試験による合否入替り率をある程度予想できるので、 事前に2次試験の効果を評価することも可能となる。 詳しくは、上記報告を参照していただきたい。
このように合否入替り率は直観的で解りやすく計算方法も単純な指標であるが、 その標準誤差(測定誤差)は実用上問題がないほど小さいことが理論的に 確かめられている(Kikuchi & Mayekawa[1]、Kikuchi[2])。 なお、その標準誤差の近似式も提案されており、 合否入替り率の値、受験者数、倍率だけで計算が可能である。 この標準誤差を使って信頼区間などを計算し、その年の入替り率を 前年の値と比較すれば、その差が測定誤差によるものなのか、 本質的な性質の変化によるものなのかの判別ができる。
また、 より細かく各試験科目ごとの影響を示す指標としては 「共分散比」というものも提案されている。 これは、総合計点の分散に対する、総合成績と各科目の共分散の割合を 示したものである。全教科を合計すると1になるので、 受験科目群内の相対的な影響の度合いを知ることができる。
科目i の共分散比 = {総合成績と科目i との共分散}/{総合成績の分散}
ただし、この値は合否には関係なく、受験者全体を特徴づけるものである。
試験問題の評価には、 各科目の平均点や標準偏差といった基本的なものから、 難易度の調整や設問解答率分析図、設問散布図といった 各問題内容に踏み込んだものまで、種々の方法が開発されており、 これまでの入研協セミナーでもこれら手法の性質や評価方法が紹介されてきた。
今回取り上げた合否入替り率は、2つの試験の関係を把握するという意味で 国公立大学の入試形態に即しており、入試解析に応用範囲が広い指標であると言える。 ただ、算出方法からも理解できるように、 合否入替り率は2つ以上の試験結果をもとに算出されるものであるために、 他の評価資料と同様に試験実施前に得ることはできない。 次年度が従来と同じ傾向で推移するとは断言できないが、 受験科目等の変更がなければ、概ね傾向が変わらないものなので、 不断の調査研究が必要である。 なお、合否入替り率の経年変化については、前川 & 菊地[12]の研究があり、 その研究の範囲では、受験科目等の変更がなければ概ね傾向は変わらないことが 確かめられている。
作題、配点、採点方法等と言った一連の入試作業の検討に際して、 今回の合否入替り率をはじめ各種入試評価資料が有効に活用され、 次年度以降の入試評価・研究の参考になれば幸いである。