学習診断とそれに関連する事項に関する研究開発動向について 研究開発部 試験臨床研究部門 林 篤裕 近年アメリカの教育界では、「学習診断(Diagnosis)」が注目を集めている。 これは、試験の評価結果として受験者に「得点」と言う数字だけでなく、今後 学習すべき単元の助言をまとめた文章である「指導報告書」を添えてフィード バックすることである。何らかの方法を用いて受験者の学習到達度が把握でき れば、どの単元の理解が不足しているかや、次のステップとしてどの方向の学 習を進めれば到達度を効率よく上げられるのか等を判断することができるので、 これら助言を個々の受験者に提示することが可能となる。 特に多肢選択型項目においては、試験に含まれる複数項目の解答パターンを 精査することによって個々の受験者の学習到達度を把握することが可能となる。 これは、解答パターン群の情報に基づいて受験者を分類する作業であると言う こともできる。 試験内の個々の問題(項目, Item)の思考過程をつぶさに吟味する「問題分析」 を通して、解答に必要な最小の単元セット(Attribute)を解明することができ る。また、難易度の高い Item になると Attribute が複雑に絡み合い、加え て「別解」に代表されるように、受験者の思考方法や習得技量によって解答パ ターンが何通りか存在するのが一般的である。科目の担当教員(ドメイン・エ キスパート)による「問題分析」を通して得られるこれら Attribute を整理す ることによって試験問題の構造を詳細に明らかにすることが可能となり、加え て、Attribute の組合せパターンによって当該科目における学習達成の度合い を知ることができる。 Kikumi Tatsuoka らは、この Item と Attribute の関係 (Q-Matrix) に注 目し、学習達成度を二次元空間に付置(マッピング)する手法として Rule Space Method (RSM) を開発した。Attribute の数を k 個とすると、 Attribute のパターン数は 2k 個となり、k が大きくなるに従ってパターン数 が膨大になる。しかし、Q-Matrix から Attribute 間の主従関係が判ることを 利用して、全ての Attribute パターンの中から意味のあるものだけを取り出 す仕組みを導入し、計算時間やメモリースペースの縮約を実現した。アメリカ の代表的なテスト実施・研究機関である Educational Testing Service (ETS) では幾つかの試験において、学習診断を実現するために、この RSM の利用可 能性を探求中である。 今回、Attribute の収集方法やどの程度の粒度でまとめておくべきか等に関 して調査を行ったと共に、RSM 用の計算機プログラムである Bugshell を試用 する機会も得られたので、簡単な例を用いて、その操作方法を体験した。小子 化時代を迎えるにあたって、よりきめ細かな教育が求められ、また可能になっ てきている現在、この学習診断という技術は今後注目を集めていくと思われる。 [参考文献] 1) Atsuhiro Hayashi and Kikumi K. Tatsuoka(2000), A Comparison of Rule-space Method and Neural Network Model for Classifing Individuals, International Conference on Measurement and Multivariate Analysis and Dual Scaling Workshop(ICMMA), Volume two, PP 226-228。 2) 林 篤裕(2000)、「Rule Space Method を用いた教育支援システムに関する 研究開発動向について」、大学入試フォーラム、No.23、PP77-78。 3) 龍岡 菊美、林 篤裕(2001)、「個人の潜在的知識ステートを診断する統計 的方法論」、計測自動制御学会誌「計測と制御」、第40巻第8号、PP561-567。